2020年東京オリンピックに向けて盛り上がるスポーツ界にも大きなダメージを与えている新型コロナウイルス。
まだ解決しないオリンピックの延期問題や、プロスポーツの延期など各種イベントに与える被害の大きさや、どうするべきかという事に関しては有識者の皆様に任せておいて、今回は選抜中止に関して、
私の意見を書き記しておきたいと思います。
これは、誰かに伝えたい。からではなく、自分が思ったことや、感じたことを書き示すことになっているかもしれません。
もしかしたら、今回の記事は私のエゴかもしれません。意見が異なる方もいるかもしれませんし、嫌な思いをする方がいたら申し訳ありません。
本題ですが、
先日、選抜高校野球(春の甲子園)の中止が発表されました。
自分を含め、楽しみにしていた方々や、何よりも出場が決まっていた選手の皆さまが、本当にかわいそうでなりません。
発表があってから、まず私が思ったことは、どんな形でも選手の皆さんに甲子園でプレーしてもらいたい。ということです。
私は、自分に何かできることがあるのだろうか。と思いながら、この件に関するニュースなどのメディアを確認していました。
多くのプロ選手やスポーツのコメンテーター、強豪高校の監督さんなどがコメントや意見を発表していますが、多くは、
本当に残念でならない。決断した側、選手側、両方の気持ちがわかる。ここで負けずにさらに野球人として上を目指して欲しい。
というような内容でした。
本当にそうでしょうか。
そして、私は気がつきました。
中途半端なアマチュアだった自分だからこそ思うことや、できることがあるかもしれない。
メディアで発言している多くの方はスポーツ業界のトップレベルに身をおいている(いた)方々です。
もちろん同じ業界に一瞬でもいさせていただいたので、そのような方々はリスペクトしています。
ただ、今回のコメントには違和感を感じました。
確かにいう通り、トップレベルのプレーヤーにとって甲子園は通過点。出場はプロをはじめとする上のレベルに上がるための手段だという人も多いと思います。
しかし、もっと多くの高校球児にとって甲子園は目的になっています。甲子園でプレーする事こそが青春の全てなのです。
球数制限に関する話題も最近はよくありますが、
多くの高校球児にとって甲子園までの道のりはその時の自分にとって人生の全てなのです。
そこで故障しても構わない。ここで100%を出しきれないことの方がよっぽど辛いのです。将来のある若者の未来を守るために制限を設けたいが、すんなりそうしましょう!とすぐにならないのはここが理由なのでしょう。
今回考えてあげたいのは、同じように今回の甲子園に命をかけていた球児がいた。ということです。
大人や第三者は「仕方ない。夏がある。」と言います。
確かにその通りです。しかし、仕方ないでは諦めきれないこともあるのです。
同じ高校球児だった人間にしかわからないかもしれませんが、おそらく、多くの球児のみなさんは今頃、夏に向けて気持ちを切り替えているでしょう。
まだ夏があるのです。きっと自分が同じ立場でもそう考えていたでしょう。今は彼らには本当に100%夏に集中した練習をして欲しいです。
一方で、同じ高校球児であり、その上のレベルには行けなかった元高校球児として考えることは、
今回の春の甲子園に選ばれた高校の多くは夏の甲子園には出場できない。という現実と、
残された長い人生でこの大会のことを本当に後悔する日々が待ち受けている。ということです。
これはみんなに伝えることでもないし、言うことがカッコいいことでもないので今後も本人から語られる事はないでしょうが、
多くの球児の心に今回の傷は一生残る事になるのです。それを引きずって生きていく事になるのです。
ちょっと暗い話になってしまいましたが、
多くの人が簡単に言う、「仕方ないので次に活かそう」的発言に違和感を感じたので、今回ここに書き示そうと思いました。
次がない人もいる。ここに命をかけている人がいる。でも彼らは前を向いている。でもいずれ傷つく時が来る。
本当に彼らには甲子園の土を踏んで欲しいと思います。心から。
今後、どのような動きがあるかわかりませんが、私自身も何か役に立つことができないかどうか。
考え続けようと思います。
資金を集めて甲子園での試合をプレゼントする。とかもできることのひとつですよね。
こういうことは「誰がやるか」も大切だとも思うので、簡単には踏み出せないですが。
でも中途半端なプレーヤーだからこそできること、考えることがあると感じたので、何かができたらと思います。
ということで以上で、命をかけて甲子園を目指し、バーンアウトしたけどなんとか生き返って経営者になった先輩球児の意見とさせていただこうと思います。
とにかく球児の皆さまには、今は最高の夏をおくるために100%の準備を進めて欲しいと思います。